25日は毎年恒例 浅原地区の水防祈願祭に呼ばれ、 朝6時から (通称)釜無川の一本杉に行ってきました。 なぜ8月25日? 明治40年(1907)8月起きた洪水は、県内各地に大きな災害 をもたらしました。 若草地域でも、8月22日から降り続いた雨は 滝にたとえられるほどの豪雨で、 高砂村・下高砂村(以上八田村) の2か所の堤防 今諏訪村の開国橋を流失させました。 地域にどんな影響があったの? さらに下流の 鏡中条では25日午前8時頃、 将監堤が決壊、 氾濫し た濁流が鏡中條村、三恵村、 藤田村(明治時代は東町内会と中央町 内会に藤田村があった)、 南湖村を通り抜け、 広大な田畑が流されました。 災害により、 藤田村は、西第一・ 二町内会のある 現在の場所に移りました。 このことを教訓に毎年8月25日に、水防祈願祭を行っています。 地域に大きな爪痕を残した災害。 その式典を、浅原地区役員4名と藤田地区役員3名だけの 参加でいいのか? もっと 多くの人に知ってもらった方がいいと思う。 折角 防災の日を前に、いい教材があるのに、 これを使って 防災の話をした方が、絶対 記憶に残る と思うのだけど。 このことは、主催者である浅原区長に 去年も 今年も 伝えているのだけれど、なかなか動かない・・・ さて、今年の防災訓練も、練習のための避難場所に参集する。 実際、地震などの災害が起きたとき、 本来の避難場所・施設に行けるのだろうか? 大丈夫だろうか??
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